ウメ 二月の梅
ウメ 梅 
学名:Prumus mume Sieb.et Zucc.
英名: Japanese apricot
岩波新書の「花を旅する」栗田勇著(2001年3月21日刊)を参照しながら、
一年かけて、私も花の文化を考える旅をすることにします。
さて、二月の梅です・・
科名:
バラ科サクラ属ウメ亜属
中国(四川省湖北省)原産 落葉小高木
実梅(食用)、花梅
萌芽前の2~4月に開花、直径2~2.5センチの5弁花
花色は白か淡紅色
立ち性、しだれ性、難波性、紅筆性、青軸性、
野梅系、緋梅系、豊後系、アンズ系
天然記念物の多くは幹が横倒しになったものが再発根した、
臥龍梅が多く、一株が梅林のように茂る
平凡社大百科事典(中村恒夫)

要約はちょっとワープして、やはり
万葉集から始めます。……
天平二年(730年)
大宰府(大陸との窓口)で大伴旅人が梅の宴を開き、
「梅花三十二首」として、招かれた客、山上憶良他
仲間の歌が残されている。
この歌は、
王羲之の「蘭亭序」太宗「除夜」などを踏まえている。
以下 さらに抜書き(栗田勇著)
「日本で一番最初に梅が出てくるのは、
懐風藻(751)の葛野王(かどのおほきみ)の五言詩といわれている。」
「梅に鶯」がでてくる。
「中国の詩のパターンを追って何とか自分のものにしたいという段階の詩」
奈良の貴族階級に、漢詩などと一緒に8世紀頃、梅は文化として入ってきた
中国文化の輸入期の(中国文化の)象徴
万葉では「桜」というが、歌の数では「梅」は118(首)で萩について多い
⇒万葉集の頃には梅が日本化していた」
このあたりを平凡社世界大百科事典で補足すると、
持統朝屈指の教養人葛野王による、
「春の日、鶯梅(おうばい)を翫(はや)す」、
隋の江総という詩人の「梅花落」のパロディ。
梅に鶯の美学の初登場。
日本律令国家体制の最高指導者層の文化意識⇒「みやび」を
先進大国の中国の詩文を模倣を通じて形象化することに
製作動機があった。
梅は律令支配の花、都市貴族の花。(斎藤正二)

古今和歌集
百人一首にもとられた有名な歌
「この時代は花といえば桜ではなく、梅だった
松竹梅……格が違う」
⇒
「他の花が全く咲いていないときに、しかも葉がないのに、
花がぽっぽっと咲いていくのが実に不思議
古びた幹が時を刻んでなんともいえない自然の姿を見せていく」
⇒梅には「霊性を感じさせるところがある」
⇒天神信仰(古来からの民間信仰)
農作物は自然現象に影響される
天神が荒ぶると疫病や暴風雨がやってくる
「
天神は雷神や雨、川、蛇と結び付けられて、おそれられていた」
「天災地異や疫病流行をもたらす怨霊を鎮めようという怨霊信仰が
天神信仰というはっきりした形をとり、
御祭神として菅原道真を敬い、そのことによって災厄を逃れるという信仰になった」
菅原神社は1万数千社もある。
その
シンボルとしての梅の小枝が日本全国に広まった。
(梅の紋章)
中国文化の再流入
鎌倉末から室町時代(中国の宋から元)
渡唐天神
(天神さんが唐に渡って禅宗のえらいお坊さんに学んで
衣鉢を受けて日本に帰ってきた)
中国の文人風で座っていなくて、
手に梅の枝を持った姿で定まる
次第に 天神様の話、飛梅の話がポピュラーになった
謡曲、歌舞伎、工芸、あらゆるところに梅が出るようになった
時代物(歌舞伎)「
菅原伝授手習鑑」……江戸時代に大当たり
書道の神として寺子屋で祀る
謡曲「鉢木」
松竹梅を「格が違う」と栗田勇さんは言うが、
⇒
歳寒三友
(冬の寒さに堪える三種の植物,松,竹,梅)
という言い方もあるようだ。
写真は梅の鉢もの@花の文化園
道真の怨霊信仰
「天神信仰と道真は切っても切れない形」

能衣装の「
扇面梅文模様」
……美しく図案化された梅模様
(豊臣秀吉が長浜城主になったとき、
長浜八幡宮に奉納した)
日本独自のものとして評価されている

光琳作紋(光琳梅)
尾形光琳1658-1716(万冶1-亨保1)
「
紅白梅図屏風」……
「左は幹と枝が主になっていて全体を描いていない。
右は苔むした幹の根の立ち上がりが見所。
中央に流水文と呼ばれる川の曲水が描かれている。
紅の梅の花はほんの枝先だけに描かれている」
⇒「中国文化とともに入ってきた梅が、
当初都市貴族の文化的シンボルとしてあったところ、
花一輪一輪を味わい、古木の幹を楽しむといった、
日本独自の楽しみ方をされるにいたったということ」
(栗田勇)

光琳梅 by
万華鏡さん

Sakai Hōitsu
Japan; Handscroll; Paintings
Date 1815
(33.9 x 925 cm)
Collection
Metropolitan Museum of Art

Artist
Sakai Hōitsu (酒井抱一)
Title
Bush Warbler (Uguisu) in a Plum Tree
Date between 1800 and 1828
Metropolitan Museum of Art
梅の家紋by
lastModified: 2011
、
fiest updated 2005年 4月6日(水)
このページについての蛇足:
初アップ2005年 2月8日(火) ⇒2月9日(水)
⇒和歌や俳句は縦書きで、
スタイルシートでfont-size:20pt;font-family:cursive;(行書体)を指定したのですが、
どういう風に見えているかお聞きしたところ、単なるゴチック体にしか見えないというお話が多いので、
こちらのPCで見えているものを画像にしてみました。
フォントはコントロールパネルからWINDOWSのfontのフォルダーを見ると、
DF行書体、HG行書体、HG祥南行書体など入っていますが、どれであるのか……。
ちなみに、
cursiveを辞書で引くと
cur・sive [k:(r)siv] ━━ n., a. 続け書き(の); 草書体.
でもこれはPCで草書ではありえず、行書ですよね?
もとからあったのか、年賀状ソフトなどからとり込んだものか、
みかけると、みかちゃんフォントとか、もらってきていますが、
……TTCというのが拡張子です。趣が「微妙に」ちがってきますね。
この場合、どうしても、趣が命な…和歌の世界です。